市川きよあき事務所

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グラフィックデザイン

演劇

「バリモア」初日

11月3日、仲代さんはこれからアラモ砦に一人で立つ。

観る前、いつになくドキドキした。なにしろ1時間40分もの間舞台にひとり、膨大な膨大なセリフ量だ。
もしかしたらダメなところを今日観ることになるかもしれないという
、とても失礼な部分を含んだドキドキだ。

しかし、舞台に出てきた一瞬でドキドキは吹き飛び、引き込まれ、
圧倒された。舞台が開いてまもなくだった。
ほろ酔いでゴキゲンなバリモアが診療鞄を持って登場する。
中から出たのは二本の酒瓶。それを右手の指にぶら下げ話はじめたかと思ったら、「ガッシャン!」
酒瓶同士がアメリカンクラッカーのようにお尻がぶつかって割れた。
瓶の底がきれいに抜けお酒はまっすぐ舞台の上へ。
瓶の底だけぬけて、滝のようにお酒が流れたのがキレイだった。ガラスも散乱している。
仲代さんは酔っぱらってフラフラしながら大きな破片を拾いあげ
「あ〜もったいねぇ」
ハプニングなのだ。仲代さんはとんでもなかった。

ほとんどの人が演出だと思っただろう。
セリフを飛ばそうが忘れようが、もうどこから切ってもバリモアだ。演じることに捕われ、演じる事が出来なくなった役者の老醜を1時間40分ぶちまけた。
終演。
観る前と違うドキドキに強く襲われた。手伝いに何人もの教え子たちが来ていた。
何も言わなくてもみんなの顔を見たらわかる。
81歳の師匠に打ちのめされたことが
誇らしくてしょうがないのだ。
仲代さんはいつも手の届かない場所にいる。楽屋で感動した教え子が「バリモアと仲代さんが一致してました」と声をかけると、ドーランを落としながら
「バリモアだと思ってやってないから」と一言。
映画スターであり、最高のシェイクスピア俳優であり、演じる宿命を背負った役者。バリモアとは仲代さんそのものだった。
今回はうまく出来たと思ってたポスターが、舞台上の仲代さんにかき消され
これで良かったのかと不安になってきた。
それでもこの作品に関われたことを誇りに思う。