市川きよあき事務所

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グラフィックデザイン

演劇

照明とナナメ走り

もう1ヶ月以上前になりますが、舞台照明家協会主催の検証会を見に行きました。舞台照明もこれからはLEDに代わっていくらしいですが、完全移行までの道のりは遠いようです。その前日の事。無名塾の「授業」打ち上げがあり、照明さん達と一緒のテーブルになりました。スタッフテーブルは落ち着きますわ。みんなと話してるうちに次の日が検証会イベントという事もあり、やっぱりLEDの話になったんです。デメリットはあたたかみのある色が作りにくい、フェードインが難しいなどなど…メリットは熱くならない、球切れしないなどなどなど…そこからお酒もすすんで話は盛り上がっていき、各照明家の過去の危機一髪事件の発表会になった時、ハタと思いだしました。ハタと音が聞こえましたね。この思い出、どこに隠れていたんでしょう?

「紀伊國屋で乾電池観てた時、停電になったんですよ」
一同「えっ〜」
乾電池が停電とはそれだけで変です。乾電池とは柄本明さんベンガルさん高田純二さんらが所属する劇団「東京乾電池」のこと。劇団活動を中断する時は乾電池が充電なんだろうし、スキャンダルは乾電池が感電なのかな…。
「東京乾電池」は渋谷のジァンジァンでやってた創設間もない頃からよく観にいきました。前の日に電話しても一番前の席がとれて、いつも四五人で並んで観てました。くだらない笑いも踊りも新鮮でした。
乾電池が停電の日は、だんだん売れだした頃。といってもずいぶん前です。渋谷のジャンジャンからあこがれの新宿の紀伊國屋へ、100人の劇場から400人の劇場へ、マイナーからメジャーへと向かってた頃。劇団にとっては嬉しいことなんですが、へそ曲がりはこうなってくると変なもんで興味がしぼんできます。なんで、しばらく観てなかったんですが、たまたま劇団のTと知り合いになり久々観に行きました。
劇場に着くと席は真ん中のど真ん中。関係者でもないのに、いわゆる関係者席。ギリギリに劇団員に頼むとよくこういう事があります。隣が鴻上さんでした。芝居の中身はよく覚えていないんですが、高田純次さんがはんにゃの顔マネをしてた事だけが印象に残ってます。なぜだろう? 紀伊國屋サイズで顔芸はほとんどわからないのに、そんな事おかまいなしなのが高田純次さん、向かう所敵なしですね。
で、お芝居が半分くらい進んで、知り合いのTが上手奥から下手前まで騒ぎながらナナメに走る途中で、いきなり真っ暗になったんです。突然劇場全体が暗転。全く見えません、視界0。あまりの事態に誰も対応できない。観客も座ったまま声ひとつ出ない。なぜか役者は暗闇なのにこわごわ芝居を続けて声だけが聞こえる。役者って急にお芝居やめられないんだなぁ。なんだかマヌケで吹き出しそうになった時、舞台がバタバタし通路の非常灯がついて、ペンライトもった制作が出てきました。
「いま原因を調べております。ちょっと暗く見づらくご不便かけますが、このまま続けさせていただきます」「えっ非常灯じゃ無理だろう〜」
ぼんやりしてほとんど見えない中、Tがまた声をあげてナナメに走った。走ったが途中で止まった。無理だろう〜舞台から落ちるよ。だめだ、誰もが対応できてない。普通に考えて芝居ができる状況ではない。そうこうするうちに建物の非常電源が働いたようでロビーには明かりが点き、観客は客席とロビーでしばらく待つことになりました。
ほとんどがそのまま客席に残る中、まっさきにロビーに降りると、もう鴻上さんがひとり落ち着き払って寛いでいる。たいしたもんです。
そのまま劇場の入口を出て暗い本屋の中を抜け窓から外を見て驚きました。紀伊國屋だけでなく周辺一帯がまっ暗。異様な光景です。都会のど真ん中の停電は建物が黒く不気味で不自然でした。遠くのビルは点いているのでこのあたりだけの停電なんでしょうか。胸騒ぎがしました。闇は怖いです。
ロビーに戻って何分かすると急にパッと明るくなり復旧しました。ほっとする安心感が生まれます。明かりは大切ですね。そして舞台も客席も明るくなりみんなが客席にぞろぞろ戻り、特別な感覚を共有したことを確かめ合い、そのザワつきがおさまった頃、上手の端に出演者であり代表の柄本さんが、ちょこんと衣裳着たまま出てきました。

「え〜ちょっと前から返します」
拍手とともにドッと沸きます。乾電池が停電に勝った瞬間でした。ハプニングを帳消しにしてなおひきつける。流石です。
しばらくして今度は本物。照明の調光によって、客席が暗くなり舞台が明るくなり、Tはこの日三回目のナナメ走りをひときわ大きい奇声をあげて走ったのです。