市川きよあき事務所

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グラフィックデザイン

日記

クリスマスと眼鏡

土曜日なのでゴミ袋を持って表に出たら、男の子が二人なにやら大きな声でしゃべりながらやってくる。小学四年生と見た。

「クリスマスかぁ、今年何もらえるかなぁ」
「本だよ」
「ホ…ン?」
「ホン!まいとし、ホン!」
「…」
「ママが勉強になるからって」
「…」

少年が放った「ホン!」は迷いのないハッキリした声。妖怪ウォッチどころかなんのゲームも入り込む余地のない潔さがあった。行き場を失ったクリスマスの話はそこで終わるしかなく、二人は黙って通り過ぎていった。彼はなにより「本」が欲しかったように思えた。

父方のいとこのD介のこと。彼は小学校に上がるくらいまで声も出さない臆病な子だった。親戚の集まりがあっても、ビクビクしていて一言も話さず奥に引きこもってジッとしているばかり。それがある年の正月の事だった。本家の居間で騒がしい子どもがいる、誰かと思ったらD介だった。そして、これぞ牛乳瓶の底という眼鏡をかけていた。
「いっつも困ったような顔しとるもんで、もしかしたら目が悪いんじゃないかと思ってねぇ、眼医者に連れてったじゃん」
「ほんで?」
「目が悪かっただよ、ほんで無口だったんだで」
「そりゃわからんかったねぇ、目だったかん」
「眼鏡作ったらしゃべるしゃべる、まぁ止まらん」
D介のお父さんも原因がわかってホッとしたようだった。
それからが凄かった。性格が明るくなっておしゃべりになっただけでなく、文字に目覚めたのだ。
「いままでみんなが本見とってもなんだかわからんかったけど、それが見えるようになったもんでスゴい興味もったんじゃないかん?」
「ほだら〜」「ほだら〜」
親戚中ではD介の話題で持ちきりだった。なにしろどこでも本という本を読みあさる、小学生なのに大人の本まで読む。読んでわからないことがあると大人に質問攻め。ノージャンル、辞書まで読む。うちに来た時も親父の書庫に閉じこもり、親父に質問攻めしたあげく何冊か持ち帰っていった。オレや兄貴が絶対手にしない5cm以上あるやつだ。本の虜になった彼にはもう何年も会ってないが、一族ではじめて東大に入り農業の研究をしている。
D介もクリスマスに「本」を貰っていたな と思いだした。