市川きよあき事務所

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日記

父のフクワ〜ウチ

 すっきりと晴れた朝。真冬の暖かい日は空気が澄んでいて、いつもより鳥の声が大きく感じる。ヒヨドリとシジュウカラがひときわ騒がしいのだが、あいつらが何かよこせと五月蝿くなると春が近い。春になれば食べ物も増えるので静かになるんだが、それはそれで寂しい。今は鳥が人に近いところで騒ぐ季節なのだ。
 駅までひたすらサッサカ歩いていると、道に白くて丸いものがパラパラと落ちているのが見えてきた。見渡すとあちこちにパラパラしている。そうか、節分の豆だ。通り沿いの家の窓から次々に投げられた豆。「オニハ〜ソト」子ども達の高い声とお父さんの大きな声。「オニハ〜ソト」今度は老夫婦の落ち着いた声。昨夜の家々の嬌声が目に浮かび愉しくなった。鳥たちはその豆はもう俺たちのものだ、早く行けと上からまた騒いでいる。

 父は節分を率先してやる人だったが「鬼は外」が嫌いだった。鬼を忌み嫌い、追いやることがしたくないというのだ。だから家の節分は、外には豆を撒かず家の中への「福は内」だけだった。昼間、幼稚園や小学校でさんざん鬼をやっつけてきたので納得はできないが、父には兄も私も妹も絶対服従でそれに習え。しょうがなく小さな声で「フクワ〜ウチ」。見えない強敵に弱点である豆をぶつけられず、釈然としなかった。ガラガラっと窓を開け、あらん限りの大声で「オニハ〜ソト」をやりたくてうずうずする。どちらかといえば、いやどちらか迷わず節分には「鬼は外」で鬼をやっつけることが楽しみなので、大きな声がでるはずもない。父親の大きなフクワ〜ウチと弱々しい小さなフクワ〜ウチ、それが我が家の節分だった。

 暮れのある夜のことだった。裏口で何か物音がするので私が出ると、見知らぬ小さなおじさんがニコニコしながら立っていた。ピンポンしてくれればいいのにと思いながら、名前を聞いて母に告げると、一瞬顔を曇らせて父につないだ。「誰?」母に聞くと、父親の幼なじみらしい。父は外でおじさんとしばらく話をしたあと、筆で書かれた紙を持って戻ってきた。父はなんとなくばつが悪そうだったが、その紙を見て
「あいつ小学校しか行ってないのに、宜敷くなんて漢字で書いてるよ」と笑いながら母に言った。母は紙も見ずに「知らないですよ」の一言。私が知ってるのはその一度きりだが、何度か来てたのかもしれない。たぶん無心なのだろうが父は嫌そうではなかった。

 亡くなって、もう十数年経つというのに、毎年二月三日が来ると、父の「フクワ〜ウチ」の大声を思い出す。人を嫌わず、福をひたすら呼び込もうとしていた父の事がやっと少しわかってきた。