昔っからとっても好きな俳優さんでした。思いだすのは倉本作品。特に「前略おふくろ様」の桃井かおりさん(恐怖の海ちゃん)のお父さん役が強烈でした。酔っぱらってて怒ってて恐かったです。それ以来映画やドラマで発見するだけで嬉しくなりました。だいたいが曲がったことが大嫌いな役。相手を諭すように話す、あのかすれ声がたまらない。そしてなぜだか、ひでじだかしゅうじだかわからなくなる。なぜだろう。
大滝さんのもうひとつの顔は舞台俳優、劇団民藝の代表です。仲代さんが奈良岡さんと共演した、無名塾と民藝の合同公演『ドライビング・ミス・デイジー』に参加した時のこと。稽古場が民藝だったので、民藝になんどか出かけました。仲代さんと奈良岡さんの稽古を見るだけでも恐れ多いんですが、これは生ひでじぃに出会えるチャンスでもあります。もしかしたらと期待して、行くたびにキョロキョロしてましたが、残念ながら会うことはできませんでした。会えなかったんですが稽古場は興味深かったです。古い稽古場というのは稽古場自体の存在感が強いから、俳優の積もりに積もったエネルギーを宿しています。大滝さん、宇野重吉さん、奈良岡さんなど多くの民藝の俳優の何十年分の研鑽のエネルギーが放たれずそこにあるからでしょうか。不思議なもので、きれいな新しい稽古場では感じられない。気のせいかもしれませんが、こういう気のせいを大事にしたいです。
ドライビングの稽古も終わり、いよいよ本番がせまり劇場に入ってからの事です。一段落してホールをブラブラしていると、なんとなんと大滝さんがいらっしゃるではないか?「おぉ生ひでじぃだ」ドキドキです。聞けば最終稽古のゲネプロを観にきたらしい。緊張する、直視できない、チラ見。しかし、なんといっても憧れのひでじぃが目の前にいるのでまじまじ見たい。そんなこんなで柱の陰でにじにじしてると、なじみになった劇団員の女優さんが声をかけてきました。
「耳たぶさわってあげてください」
「えっ」
「耳たぶを、こう両手で持って下に引っ張ってあげてください。喜びますから」
「ええっ」
そんなことが大俳優にできるわけがない。ヤギじゃないんだから…。まごまごしていると、その人はひでじぃの背後にまわるやいなや両手で耳たぶをつまみ、優しく下へスイングさせます。すると、ひでじぃは目を閉じ恍惚の表情になって、ほんとに気持ちよさそう。「ホホホフォー」「ホホホフォー」驚いてジッと見てると、彼女が右手を離し手招きをしてるではないですか? いや〜無理無理。 え〜いや〜無理。絶対無理。
耳たぶにはさわれませんでしたが、この公演で縁が出来て、大滝さんの晩年の舞台作品を何本か観ることができました。やっぱりよかった。ほかにはいない、唯一無二の俳優さん。今度「前略おふくろ様」を見直してみようかな。