市川きよあき事務所

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グラフィックデザイン

日記

デザイナーになる前にした仕事 その2

昨日見た友人の日記に「365歩のマーチ」のインド版の話がのっていました。それはそれで面白かったんですが、「365歩のマーチ」という言葉を見たとたん、頭のどこかに隠れていた遠い昔の記憶が、急にワンツー、ワンツ−と蘇ってきたんです。
大学を卒業してすぐの22か3の頃。その当時は登録制のタタキの仕事をしてました。タタキとは大道具のバイトの事で、舞台や展示場、テレビなんかに必要な人工としてその都度駆り出されるんです。今考えると酷い話なんですが、能力関係なく呼ばれるので、素人のオレが間違って、出来る人として現場に呼ばれ、なにも出来ずにご迷惑かけることもしばしばでした。

少し肌寒い…秋だったかな、その日も間違ってこれ以上ない大舞台に呼ばれました。現場は芝の郵便貯金ホール、水前寺清子さんの初リサイタルです。20年近くの歌手生活でなぜか初めてリサイタル。楽屋と舞台裏方には朝から緊張感漂ってました。演歌歌手として一番人気があった時、紅白ならトリでしょう。大スターです。オレはというと上手の袖の雪ふらしの綱元係とドライアイスの筒先担当を言われ、やった事もないのでドギマギしてました。その時、水前寺さんにも水前寺さんの歌にも全く興味がなく、ないというより演歌は嫌いだったので与えられた仕事を無事こなす事だけを考えて準備していました。
夕方の開場の時間になって、ザワザワと観客が入ってきました。緞帳の中からでも熱気が伝わってきます。舞台上もあわただしくなってきて、舞台監督さんたちが右往左往してます。オレはやる事がわからないので袖の片隅でジッとしてると、平台で作られた着替え用のスペースから水前寺さんがタキシードで現れました。
「アタシがこんな格好っておかしいよね、ハハハッ」
「い、いえ」
「はじめてだよ〜こんなの〜いつも着物だけだもん」
と言いながら通りすぎていく水前寺さんは楽しそうです。
そうこうするうちに2ベル1ベルが鳴り終わり、開演時間になりました。
緞帳前で司会が始まります。司会はあの名調子の玉置宏さん。
最初の曲はもちろん「365歩のマーチ」演奏はダン池田とニューブリード。
悪魔の遠吠えのような、ドスの効いたものすごい声が聞こえてきます。
「ヂーダー」「ヂーダー」なんだ?「ヂーダー」って
あっチーターか、だ、だ、誰が、この低い声は男?女? 
こっそり袖から客席のぞくとビッシリ埋まったご年配の女性軍。
その1500人あまりがいまかいまかとチーターを呼んでいます。
地底に引きずり込むような「ヂーダー」 ブルブルッと震えがきました。
ダン池田のタクトが小さくカウントをはじめました。
ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、「ヂーダー」ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、「ヂーダー」緞帳はまだ上がりません。
チーター本人はスタッフと談笑して余裕な感じ。ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、「ヂーダー」ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、「ヂーダー」まだ、まだなの、こんなに長いワンツーでいいのか…まだまだ、まだまだ、ワンツー、ワンツー、ひっぱってひっぱってひっぱって、やっと緞帳が上がると同時に
プア〜パパパパパ、プア〜パパパパパ、とこれでもかとトランペット、パパパパパパパパパパパパ、パパパパッパパ〜ン
舞台階段奥にスポット!タキシードのチーターがセンターからマイク片手に颯爽と登場です!
会場全体を1500ものハートをそのコブシの中に掴んでいます
「幸せは〜歩いてこない〜」
地響きのような歓声と拍手、しょっぱなからフィナーレ、トランス状態
プア〜パパパパパで背筋に火花が走りました。
やられました。演歌なめてました。「365歩のマーチ」バカにできませんよ。
興奮状態で雪を降らしまくっていたら、舞台監督に
「バカ野郎!ティンパニーの上に雪が乗っちゃって音でねえよ」
とド叱られました。 が楽しかったです。
「幸せは〜歩いてこない〜だ〜から歩いていくんだね〜」
こんな単純な歌詞でも感動させられるのはチーターだけかもね